不登校を乗り越えた今思う親の在り方(価値観を変える)

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アイキャッチ 不登校 対処法

今回は地獄だった3きょうだいの不登校を乗り越えた今だからこそ見える親の在り方(価値観)についてお話ししたいと思います。

ハル
ハル

こんにちは!元不登校3きょうだいの母、ハルです!

我が子の不登校、親にとっては青天の霹靂。

解決方法も出口も明確に見えない問題だからこそ辛いですよね。

私もまさか自分の子どもが不登校になるなんて思ってもみませんでした。

そしてただ不登校になるだけでなく、日に日に荒れていく子ども。

次々にきょうだいも不登校になり途方に暮れていました。

毎日「消えてしまいたい。」と涙を流し、どうすればいいのか分からない・・・。

しかしこのままではいけない!と自分と子どもと真剣に向き合いました。

そしてそこから多くを学びました。

本当にしんどいけれど、自分を変えるしかなかったのです。

ただ、今まで何十年も生きてきた自分の価値観や世間の価値観からの脱却というのは簡単ではありません。

学んで数年になりますが、私自身まだまだ自分の価値観が幸せの邪魔をしているなと感じる時があります。

今まで生きてきた思考、常識を変えることは本当に難しいと思います。

しかし、ちょっと意識するだけで違う世界が見えてきます。

そして子どもの行動に対しての見方が劇的に変わっていきます。

親とはどのような存在であるべきなのか。

私が経験し、学んだことをご紹介していきます。

 

この記事を書いた人
ハル

元不登校3きょうだいの母。40代。
長男が小学2年生から不登校になる。続けて妹、弟も不登校・不登園に。
復学講座を受け、無事に3人とも復学・復登園。
心理学や傾聴、アンガーマネジメントなどを独学で学ぶ。
当時の自分と同じように苦しんでいる親の助けになりたいとブログを始める。

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不登校を乗り越えたいなら親の価値観を変えることが必須!

なぜ子どもが不登校になってしまったのか。

いじめなどが原因でない限り、不登校の原因は複合的なストレスの積み重なりなのではないかと私は考察しています。

また、同じストレスがかかったとしても子どもの気質によってそのストレスの出現の仕方が変わります。

家での癇癪、身体症状、外での問題行動、不登校など・・・。

そして、複合的な原因の為、ひとつの原因を親が排除しても再登校へは繋がりません。

不登校を乗り越えるためには、子どもの心のエネルギーを貯め、子ども自身で困難を乗り越えていく力が必須なのです。

そのために必要となってくるのは「親の価値観を変える」ことです。

なぜ親の価値観を変える必要があるのか。

それは、「子どものストレスの原因=親の価値感の押し付け」であることが多々あるからです。

ただし、親の価値観が間違っている、おかしいということではありません。

・他人に迷惑をかけないようにさせる。

・ルールはしっかり守る。

・ちゃんと子育てする。

・子どもが失敗しないように親が牽引してあげる。

これらは、私たちが親になった時の責任・義務であると私は思っていました。

「ちゃんとしなきゃ。」

この言葉は親も子も苦しめる言葉です。

現代社会は、気が付かないうちに沢山の制限がかかり、人間関係が希薄になっています。

核家族・共働き・ネットやゲームなどのデジタル機器の発達(一人一つ所持が当たり前)・間違ったことをすればネットで炎上・他人の子は叱れない、など。

子育て要員は足りていないのに、失敗してはいけないという親にとってのプレッシャー。

私自身、なかなか厳しい時代に子育てをしているなと感じます。

社会も親も「ちゃんとしなきゃ」の価値観に囚われてしまっているのです。

今回は価値観を「過干渉・親の価値観・社会の価値観」の3つに分けて説明していきます。

 

過干渉

子どもがちゃんとするのは、子ども自身がたくさんの成功・失敗の経験を積み、少しずつ自身で軌道修正しながら育っていった先にあるものです。

私たちも幼い頃はたくさん大人に怒られ、友達と喧嘩して、失敗して、様々な経験を経てここまできました。

その全てが今の自分の価値観になっています。

「こうしたら失敗する。」

「こうしたら嫌われる。」

「こうしたら評価してもらえる。」

経験値があるからこそ、子どもの行動の先が見えてしまい、ついつい口出しをしてしまいます。

しかし、それはあなたの価値観。

子どもには子どもの価値観があり、これから先沢山の経験を経て成長していくのです。

子どもにはのびのび育ってほしい!と思いながら、つい小さなことにまで口出しをしていませんか?

子どもが「本当はこうしたいのに!」と思いながら、親に自分の行動の先のことまで指示され続けていると自己決定の判断能力が落ち、自分で思考することをやめてしまいます。

以前、何かの本で読んですごく記憶に残っている言葉があります。

「親は子どもの高機能スマホになってはいけない。少し不便なくらいがちょうどいい。」

というような言葉でした。

確かに。

今のスマホって「〇〇へ行きたい」って言えば行くまでの手段から乗り物の時刻、費用、観光地まで聞いてもないことまで全て教えてくれますよね。

とても便利です。

自分で一つ一つ考えて調べなくても、入力すれば答えがそこにあるのですから。

さぁ、私たち親は子どもの高機能スマホになっていないでしょうか。

子どもに1何かを聞かれたら、その先まで聞かれてもいないのに何でも答えを出していないでしょうか。

もちろん、子どもを想って、子どもが失敗しないようにという愛情なのですが。

それが子どもの思考力を奪っているとしたらどうでしょう。

親はガラケーくらいでちょうどいいのです。

助けを求められた時に電話できるくらい。時刻が分かるくらい。

私はまずはここの価値観を変えていきました。

ちなみに、上記のように先回りして口出しすることを私は「過干渉」と言っています。

子どものやることなすことに干渉しすぎているからです。

子どもが「〇〇へ行きたい!」と言い出したら、まずは「そうなんだね。」と共感してあげ、子どもが調べるまで待ってみてもいいかもしれません。

すると、本当に興味があれば自分で調べだしたり、親に詳細を聞いてきたりするでしょう。

あるいは本当はそこまで興味はなかったけど言ってみただけだったりするかもしれません。

 

これは我が子が小さい頃の話です。

ママー!ひまー!何すればいいー?

なんでそんなこと聞いてくるんだろう?
好きな事すればいいのに・・・。

子どもたちが暇になった時、よく聞かれていました。

そして、なんでそんなことを聞いてくるのだろうと不思議に思っていました。

私自身、幼少期に暇であれば自分で何かやることを見つけたり、ゴロゴロしたりして、親にそのようなことを聞いたことがなかったからです。

しかし今思えば、私は無意識のうちに子どものやることに手出し、口出ししていました。

・プラレールをやりたいと言えば私が道を作ってあげる。

・工作も上手にできるよう手や口を出しまくる。

・粘土がしたいといった時、家事をしていて片付けがめんどくさいので却下。

他にもハサミは危ないからとすごく注意していましたし、お片付けにもよく口を出していました。

もちろん、子どもを想い、楽しんでほしくて、危険がないようにという思いからです。

しかし、今思えば過干渉であったなと思います。

(子どもと一緒に遊ぶことは一番大事!しかし自分でやらせる、失敗をさせる経験が少なかったのです。)

子どもが何か行動をする時、親の許可を取ったりしていませんか?

実はそれ危ないサインかもしれません。

もちろん親子間での報連相は大切ですが、過干渉により何をしたらいいか分からない子どもになっていないか、注意が必要です。

ここで、私の以前と今での子どもの問いかけに対しての反応を一つご紹介します。

〖以前〗

ママー!暇ー!なにしたらいい?

ハル
ハル

えー!じゃあ、折り紙する?プラレールがいい?
あ、天気良いし公園行こっか。

〖今〗

ママー!暇ー!なにしたらいい?

ハル
ハル

そっかー、暇なんだね。何か楽しいことしたいんだねー。

このようなやりとりです。

ん?なにも答えになってなくない?と思った方もいるかもしれません。

そうなのです!

答えは子ども自身が出すので親はただ共感してあげればいいのです。

そうすると子どもも「こいつに聞いても答えは出ないな」と学習していきます。(笑)

そして子ども自身で考えるのです。

そのあと一緒に遊ぼうと言われたら一緒に遊びますが、なにをして遊ぶかも基本は子どもが決めるのです。

上記はほんの一例ですが、結構無意識になんでもしてあげている親は多いのではないかと思います。

自分が過干渉になっていないか、もう一度自分や子どもの行動を見直してみてください。

【過干渉を手放すためにやること。】

子どもの一言一言に親は振り回されない。
子どもがどう行動するかを観察する。
親は手出し・口出ししない。
結果、子どもが行動してもしなくても気にしない。

それが過干渉からの脱却です。

しっかり観察をし、見守ることは必須です。

脱・過干渉と放任は違います。

以前の投稿で過干渉についての記事があるのでご覧ください。

小2息子の不登校を乗り越えたママのブログ《過干渉が原因?》
全国の小・中学校における不登校児童数は年々増加しているというニュース。でもうちの子はそんな心配ない!大丈夫!そんな風に「不登校」は「他人事」、とニュースをみていた三児の母、ハルです。どうもこんにちは。小2の長男、どこにでもいる普通の子だった...

過干渉はほとんど無意識に行っており、「え!こんなことも過干渉なの?」ということもあります。

ですのでこの「過干渉をやめる」ということは意識しないと難しいです。

しかし、過干渉を手放すと子どもに判断能力や自己決定能力がつきます。

また、自分で決定したことなので責任は自分という感覚も身についてきます。

子どもをのびのび育てたいなら、まずは過干渉を手放していきましょう!

 

親の価値観

私たち人間は人それぞれに異なった価値観を持っています。

それは皆さん生きてきて十分に感じていることでしょう。

しかし、親子間になると子どもを自分の価値観で見てしまいがちです。

親と子はとても近い関係なので、どうしても境界線が引きづらくなります。

しかし、この価値観を認めてあげなければ親子の信頼関係は構築されないのです。

子どもの価値観を認めるとは?

例えば、子どもがお絵描きを始めたとします。

大きな画用紙があったためそれを見つけ選んできて、右下に小さく花を書きます。

その花の色はとても綺麗とは言えないくすんだ色です。

そして、その花だけを書いたら「できた!」と言って完成させたのです。

紙は余白だらけ。

皆で楽しく遊べるように、ちょっとだけ高いけど大きな紙を親は買ってきていたのです。

この時、きっとモヤモヤする親が多いのではないかなと思います。

「こんなに小さな絵しか書かないならもっと小さい紙でよかったのに。」

「お花なんだからもっと綺麗な色使えばいいのに。」

「ほら、上にお空なんて書いたら素敵じゃない?」

「まだまだお絵描きできるスペースいっぱいあるよ!」

などなど。

でも子どもはそれで満足しているのです。

これが親と子の価値観の違いです。

子どもは画用紙にいっぱいに絵を描くことを重視していないし、ちょっとくすんだこの花が気にいったのです。ワンポイントみたいでおしゃれ♪と思っているかもしれません。

親はもったいない、どうせ書くならバランス良く、色もきれいにすればいいのにと思います。

そして私はこの両者の考えに「どっちの考えも素敵じゃない?」と思います。

余白を楽しむ子どもも、現実的で完成度が高いものがいいという親も。

価値観は違えど、お互いに自分なりの良いを求めたのです。

そういう視点を一つ持てば子育ては楽になるのではないかと思います。

子どもの考えも素敵!自分の考えも素敵!

もちろんまだ物の価値が分かっていない子どもにせっかく買ってきたものを粗末に扱われ、イラっとする感情も沸きます。

しかし、そのイライラをストレートにぶつけるのは得策ではないと考えます。

ここは一旦怒らず冷静に事実のみを一言伝えるだけ、もしくはなにも言わないなどの工夫をしましょう。(アンガーマネジメント(怒りの感情との付き合い方))

そして子どもの絵を観察して感じたことや良いところを見つけて子どもに伝えてみてください。

お花、この色にしてみたんだね!

と、褒めているわけではないけど肯定して子どもに伝えてみます。

すると子どもも自分の考えを話してくれます。

うん!この色落ち着いた色でなんかいいなとおもったんだよね!

実はもうちょっと綺麗な色にしたかったけど色混ぜすぎちゃって失敗しちゃった。

あるいはもっと別の返事がくるかもしれません。

自分と子どもの価値観が違っても、怒るでもなく無理に褒めるでもなくただただ子どもの価値観を認めてあげるだけで子どもは自信になっていきます。

よくママ友との会話で「うちの子昨日〇〇してさー、もー勘弁してよって感じだった。」と愚痴をこぼしてきます。

大体ママ内では「えー!かわいいじゃん!そんなこともあるよねー。」とか「あははー、でもそれできるってすごくない?」とか愚痴をプラスにとらえてくれたりします。

我が子だからイライラしちゃうけど、他人の子がやってたらそんなに気にならない。

むしろ長所だったり。

そんな感覚でいいと思うのです。

子どもだけど対等な人間、一番近い他人。

ひとつの物事の感じ方も解決方法も子どもと親では全く違うのです。

では、なんでもかんでも認めてあげるのか?という話になります。

もちろん親なので躾も必要です。

その場合、私であれば一旦子どもの行動や感情に対して認めたうえで、自分の感情を伝えます。

「〇〇だと思ったんだね。(共感)でもママはそれをされたらちょっと悲しいかも。」

などと、子どもを否定するというより自分の感情を分かりやすく簡潔に伝えます。

子どもも悪い事というのは自分で分かっていることが多いです。

ちなみに、学校生活となってくるとどうしても親と違う価値観が浮き彫りになります。

・宿題をする時間、場所、丁寧さ
・朝の過ごし方
・服装
・部屋やランドセルの中の整頓

など。

親は完璧を求め口出ししてしまいがちです。

また、学校からも「親御さんからも指導をお願いします」など書かれていますが、そこはある程度は子ども任せで良いと思います。

子ども自身も自分の価値観で動き、失敗したら学びちょっとずつ成長していきます。

ちなみに、我が家の長男は筆箱の中身がすっごくきれいです!

鉛筆も毎日削り、長さ順に並べ、コンパス・定規などの定位置も決まっています。

超几帳面!汚されたり順番が違えば怒ります。

私の価値観にはそんな綺麗な筆箱はありませんでした。(笑)

そうかと思えば長女は筆箱にペンで落書き、気に入った鉛筆のキャップを買ったのにキャップはしない、小さな消しゴムが無数に入っている。

習い事の習字のファイルなんて使用済みの紙が入りすぎてパンパンです。

兄妹でも全然違います!

でもそれが面白いんですよね。

以前であれば、兄には「そんなにきれいにしなくてもいいじゃん」、妹には「もっときれいにすれば?」と言っていたかもしれません。

今はどっちも個性でてるなー面白いなーと思うだけです。

困ったら自分たちでどうにかします。

価値観を認めるって最初はイラっとしたりするのですが、慣れれば面白い発見があったり親自身が楽になります。

そして「この問題をどう乗り越えるのかな。」と子どもを観察するのも楽しいです。

子どもは一番近い他人です!

子どもの思考・行動を観察し、認めてあげることで子どもの自己肯定感につながります。

イラっとした時、「これは私の価値観、子どもはどう見ていたんだろう。」と考えることで突発的な親の怒りも収まります。

どうぞ実践してみてください。

 

社会の価値観

今までは主に親の価値観についてお話ししてきました。

次は社会の価値感についてです。

社会の価値観とは?

これは一般常識というものがしっくりくるかもしれません。

ぱっと思いつくもので「人に迷惑をかけない、挨拶、ルールを守る。」などがあります。

しかし、この一般常識って実は時代によって全然違うんですよね。

つまり変化しうるものであり、絶対ではない。

なのに「常識がない!」と叩かれたりします。

そもそも、人によっての一般常識も違うのです。

ひと昔前はしつけで子どもを殴ることなんて当たり前。むしろ甘やかすな。

今は叩けば虐待。子どもに寄り添いましょう。

真逆ですよね。(笑)

どっちだー!って思います。

私自身昭和生まれなので、先生や親に怒られたりするのが当たり前で育ってきたのに、子どもは怒れば打たれ弱い。

挙句の果てには不登校。しかも不登校は社会問題。

なんだそれー!

となっていました。

その流動的な一般常識に親が囚われていては子どもも身動きできなくなります。

今きっとあなたは、不登校という困難に立ち向かっています。

この困難を一人だけで乗り越えるのは容易ではありません。

世間では「人様に迷惑をかけるな。」という風潮です。

しかし、人は誰でも人に迷惑を掛けたり、許したり許されたりしているのです。

もちろん悪意を持って危害を加えたり、先生に無理難題を押し付けることはいけません。

自分の中の一般常識を少し緩めてみましょう。

人に迷惑をかけてしまってもいいのです。

 

例えば、子どもが挨拶しなくてもグチグチ言わない。

親はしっかり挨拶する。

そうすることで今は恥ずかしくて出来なくても、子どもは親の背中を見て一般常識を学んでいきます。

それでも子どもに伝えたいときは、「挨拶はするものだよ。」と軽く一言だけ伝えてください。

グチグチ言わなくても、子どももきっと分かっています。

また、親がいないところでは意外と出来てたりもするものです。

一般常識を分からせなくては!と親が躍起にならなくても子どもは子どもの世界で学んでいきます。

学校や友達関係であったり、時には痛い目をみて自分で軌道修正していきます。

「挨拶できてないな。」と気になった時も一言だけ優しく伝え、もし挨拶ができたときは「挨拶したね。」と子どもの頑張りを認めてあげましょう。

人は間違いを指摘されるよりも上手くできた時に認められた方が次も頑張ろうと思えるものです。

我が子も不登校時は人と目を合わさなかった時がありました。

でも、特に何も言わなくても心のエネルギーが貯まってきた今では自分から挨拶します。

そしてしない時もあります。どちらでもいいのです。

私は子どもが自分から挨拶していたら、後からコソッと「あの時自分から挨拶してたね。」とか声掛けをします。

一般常識がどうより、純粋に子どもの成長している姿がうれしいのです。

社会の価値観ばかりを意識しすぎて子どもの心を疎かにしていないでしょうか。

社会の価値観は流動的であり、絶対ではない。

時には間違えたり、人に迷惑をかけることもある。

今は子どもの心に目を向けていきましょう。

 

親の在り方=教えるのではなくどんな子どもも受け入れる。

ここまで、親が自分や社会の価値観に囚われないということを話してきました。

親の在り方とはどんな子どもも認めてあげることです。

最後にもう一つ、私たちが子どもの立場の例を見てみます。

『あなたは今、仕事や子育てなどで悩んで押しつぶされそうになっています。

そのことを自分の親に伝えてみたところ、話し終わるまで静かに聞いてくれました。

そして、「そっか、大変だったね、頑張ったんだね。いつでも話聞くし、手伝えることは手伝うからね。」と言われ昔から好きだったお菓子を一個出してくれました。』

それだけで少し心が癒されませんか?

もう一回頑張ってみようとか、自分には味方がいるなと思いませんか?

何一つ解決はしていなくても。

ここで正論で論破されれば、「もう親には何も言うまい。」と思うはずです。

私は上記のような親になりたいなと思っています。

子どもの価値観を尊重していくということは子どもそのものを尊重しているのです。

それは子どもにとって、とても大きな安心となります。

どんな自分でも受け入れられるという安心感です。

過干渉を手放せば、子ども自身、自分の責任ということも自負していきます。

つまり、人の価値観に縛られずに責任を持って自分の人生を歩めるのです。

もちろん、親も人間です。

イライラしたり、それは違うだろう!と思うことも多々あります。

なので私たち親も完璧を求めず、ちょっとずつ進んでいきましょう。

怒ってしまう日もある、子どもの価値観を観察し成長を感じる日もある。

それでいいのです。

いきなり価値観は変えられません。

自分の価値観を緩め、子どもの視点に立ってみましょう。

子どもは親に愛され、認められることが一番のエネルギー源となるのです。

私が考える親の在り方とは、指導することではなく、どんな子どもも受け入れることだと思っています。

そしてそれは子どもが大きく羽ばたけるパワーになります。

まだまだ私も勉強中で全てができているわけではありませんが、この子どもの価値観を認めだしてから子どもは確実に成長しています。

是非、意識してみてください!

 

今回は親の在り方(価値観)についてお話しさせていただきました。

最後まで読んでくださりありがとうございました☆☆

 

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